● 紫紋 かつ恵(しもん かつえ)
愛知県在住・1971年生まれ
公認心理士(国家資格)
米国催眠療法協会(ABH)認定 ヒプノセラピスト
米国催眠士協会(NGH)認定 ヒプノセラピスト
米国催眠士協会(NGH)認定 インストラクター
米国アルケミー催眠協会認定ソマティックヒーリング初級セラピスト
米国アルケミー催眠協会認定ソマティックヒーリング上級セラピスト
NLP共同開発者の一人、ジュディス・ディロージャー開催・パッションインアクション受講
ソーシャルパノラマ プラクティショナー
日本医療催眠学会・催眠による痛みのコントロールセミナー受講
ワイス・インスティチュート (前世療法) 修了
日本医療催眠学会 正会員
●学会発表・外部講師
・2015年10月 東京大学医学部付属病院・日本医療催眠学会第三回学術大会「潜在意識下での死の体験による意識の転換」発表
・2019年10月 日本催眠学会にて学術発表
・2021年 オンライン開催・日本医療催眠学会学術大会にて2題発表
●外部講師
・一般社団法人 依存症回復施設ワンネスグループでのワークショップ
・ソダテルLABO 子育てママ向けのワークショップ(毎年開催)
●書籍
「生きづらさを解消するイメージセラピーCDブック」同文館出版にて
2015年8月商業出版(2019年増刷)
● ヒプノセラピストになった理由
ご訪問いただき、誠にありがとうございます。
ここでは私がなぜヒプノセラピストになったのかをお伝えします。
ヒプノセラピーとは、潜在意識にダイレクトに繋がるツール
催眠を使った心理療法です。
癒しは深く、現実での変化が早く
スピリチュアルな要素も含んだ不思議で素晴らしい手法です。
わたし自身が、長く心の対処に苦しみ
辛い人生を歩んできましたが
ヒプノセラピーによって変化しました。
その後「今世の使命」と確信する出来事に直面し
一念発起セラピストになりました。
その後も大病で危うく死にかけたり、思いもよらない大舞台に出る機会や、商業出版のチャンスを得るなど良くも悪くもですが、さまざまな経験を得て、おかげさまで今に至ります。
私は、どちらかと言えば現実主義です。スピリチュアルなことに関しては、人生をよりよく生きるためのエッセンス程度にしか思っていません。
私自身が、見えないものが見えたり、知らない情報が突然降りてくるような能力はないのですが
それでもセラピストに至る道は、とても不思議で、見えない導きによって歩むことになり、魂の使命が道を開いてくれたのだと思っています。
ですが、その「魂の使命」は特別選ばれた人だけが持っていて、不思議な経験するというものではなく
どんな人にも「魂の使命」があり、その深い使命を知ることや、その道を勇気を持って歩むことで、本来の自分らしい人生を歩むのだと思うのです。
私は人の話を聞くのが仕事なので、普段からあまり自分のことを話す(しかもネガティブな話)のは苦手で、過去を曝け出すのはお恥ずかしいのですが
私の人生や変化をお伝えすることで、あなたの魂の使命を呼び覚ますきっかけになったり、さらには何かあなたの心の癒しや気づきのお役に立てればと、ココではなるべく正直に私の事を書いていきますね。
長くなりますし、大変重い話になります。
めんどくさいなぁと思う方は、ここからは読まずにスルーしてくださいね。
お時間ある方や、セラピストを深く知りたいなぁと思う方は、この先を読み進めてみてください。想いをこめてお伝えします。
どうぞ、しばらくお付き合いくださいませm(_ _)m
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
私は、1971年愛知県一宮生まれ。
自営業を営む両親の元、3人兄弟の末っ子として生まれました。
誕生時は高度経済成長期。当時の家業はとても繁盛していて、お客さんで溢れかえっていました。
私が幼い頃は、まだ祖父母も健在で同居でしたが、いびつなバランスで保たれた家族でした。父と祖父母が血が繋がっていなかったのです。
父が生まれたのは戦時中。生まれたものの、すぐに実の母が亡くなられたそうで、赤ちゃんの時に養子に出されて、縁もゆかりもない祖父母の元に引き取られました。
商売の担い手として、あまり愛情をかけられずに育ったことと、父は本当の両親に捨てられたと理解していたようで(40歳ごろに事実が判明)
私が幼い頃の記憶している祖父母は、父や嫁いだ母に理不尽に冷たく
父はいつもイライラして、飲むと「捨てられた」と捻くれていて
田舎から嫁いだ母は、嫁姑問題で辛い思いをしながらも、仕事や子育てに翻弄され
とにかく家の中はギスギスと冷たく、怖くて嫌なところでした。
子供って、大人が思っている以上に周りの様子をよく見て聞いて、エネルギーを感じながら、思い込み、信念とし、自分の立ち振る舞いを無意識で決めて、行動を起こしているものです。
大人たちが笑顔で平和なら、平和な信念を
大人たちが、争っているならネガティブな信念を。
わたしは、みんながいつも喧嘩しているし、
忙しくて私のことを見てくれていないので
みんなはきっと私のことを嫌いなんだ、
それは私がきっとダメな子で、悪い子に違いない。
私は本当はいらない子なんだ・・って信念を持ちました。
それは私にとって、とても辛いことだったので、
甘えることも無く、感情を抑えて、居ない子のように大人しく育ちました。
自分を「ダメで悪い子」と信じていると、周りには「お前が悪い」という人を創ります。引き寄せの法則はそのまま作動し、学校ではいつもいじめられ、無視されていました。
でも、「ダメで悪い子」の信念を持つ私は、「やっぱり」と想いを強化するだけで、反論せず自分を隠していました。
隠れようとしていると本当に忘れてしまうようで、中学生以下の記憶なく大人になりました。
社会人になっても自己否定感は変わらず、感情はまるでジェットコースター
自分が大嫌いで、自分が何ものなのか、さっぱり判らない・・
恋愛も仕事も全然うまくいかなくて
恋愛では、
ダメ男に酷い目に遭わされても依存して沼ったり、
優しくて善良な人と付き合うと、こんな自分では申し訳ないと突然身を引いたり・・・
仕事では、
ワーカホリックに仕事をやりすぎて、ある日突然爆発したり、
大人恐怖から顔面麻痺になったり、
いつもこんなはずじゃない、なんでうまく行かないのかと、不安と不満でいっぱいでした。
そんな時に、出会った日系ブラジル人の男性と付き合いました。
彼は陽気で楽しい人でしたが、いわゆるダメ男。仕事は続かず喧嘩っ早くて、酒ばかり飲むような人でした。今振り返るとアルコール依存症で、何かしらのドラックもしていたと思います(無知でした)
付き合ってすぐに、妊娠が発覚しました。
生理が遅くて、まさかと思って簡易検査してみると陽性でした。
妊娠が分かった時は、本当に嬉しくて、至福な気持ちに満たされました。
私の中に命が宿っている神秘と幸せ。
同時に「この男とうまくやれる気がしない」という不安が襲いました。
でもどうしていいかわからない。結婚は不安でしかなかったのだけど、彼に相談すると喜んでくれたので結婚することに。安易でした。
妊娠は本当に嬉しかった。全力でこの子を守り育てようと思いました。
ダメだと思ったのに結婚した背景には、
女が1人で子供を育てることにハードルが高かった時代でした。
きっと結婚したら男は変わるだろうという浅はかさありました。
でもそんな訳はなく結婚しても彼は働かない。言語の壁は厚く、夫は陰で何か悪いことに手を出している様子。喧嘩は絶えない。
本当に大変でした。
結婚生活はまーー本当に色々ありました。
出産後に頑張りすぎて、無理が祟り
次女を妊娠するも、8ヶ月という早産で出産。1ヶ月の短い命でした。
(この辺りは記憶が曖昧なのと、文字にすることがまだ辛いので、ざっくりと。)
喪失の痛み、罪悪感と後悔で、いつも泣いてばかりで
いよいよ喧嘩が増えた時に、もう一緒にいられないと家から追い出して別居しました。
夫は、その後1ヶ月もたたないうちに刑事事件を犯し、捕まりました。
娘が3歳の時でした。
被害者への謝罪、賠償は全て私。面会や裁判にあけくれながらも、
変な思考に囚われていました。
「彼はかわいそうな人、助けなきゃ、支えなきゃ…」
報われない努力を重ねて頑張っていた私は、完全な「共依存」でした。
夫は実刑となり刑務所に入り、月一面会にいそいそと通う生活。
この頃が一番大変だったかもしれません。
私は、娘と2人で貧乏生活をしながら、
夫のことをひた隠しにして這いつくばって生きている。
私は死ぬことばかり考えていました。
次女を亡くした私には死の世界のほうが「リアル」でした。
長女がいてくれたお陰で、長女の生活の世話をすることだけで生きている
といったニュアンスが近いです。
底なし沼に沈みながら、ただ目の前の事だけをこなす日々が3年程・・
すったもんだで離婚したのは、娘が小学校入学手前。
離婚届を出した時、空が青くて、肩の荷が降りたすごく軽い気がしました。
そこから、ようやく落ち着いた時間を手にしました。
でも夜になると不安で眠れない・・
悩みや苦しみの答えを得ようと、この頃は本ばかり読んでいました。
その時出会った飯田史彦氏の「生きがいの創造」で、私は前世療法を知りました。
このスピリチュアルな捉え方は、辛い現実の中に希望のように思えました。
泣きながら、一気に読みました。
そしてなぜか「私はこれになる」と思いました。
やるぞ、というよりも「なるんだ」という自然な思い。
日常巻き起こっている波乱とは関係のない
心のずっと奥の魂からの声でした。
しかし、そこからもごちゃごちゃした人生は続き
どうせ私は・・の自己否定が強く
お金にも生活にも精一杯の貧乏な日々。
実際、はじめての前世療法を受けるまでに
8年もかかりました。
初めてセッションを受けた時に
ドイツの軍人(強制収容所の所長)の過去世を思い出しました⇒ 「罪悪感の原因」
罪悪感の理由がわかりました。
そして、生まれ変わった意味を知りました。
前世での出来事があったのなら、
今世は「多くの命を救う・輝かせる」 が
絶対的な使命であると確信し…
ヒプノセラピストになることを決めました。
その間も、ブラック会社に就職していじめにあったり
2度目の離婚が成立したりといろいろあったのですが・・
※経験した様々な出来事・トラブルは
決して被害者として受けていたわけではなく、
私自身が巻き起こしてきた事でもあります。
人のお気持ちを理解する上での貴重な糧となっていて
今では出会った人、経験全てが感謝であるっておもっています。
そこからヒプノの学びをはじめ、深め、今に至ります。
その途中、様々な前世を知り、
インナーチャイルドを癒し
忘れた過去を取り戻すとともに、とても生き易くなりました。
ヒプノセラピストになっての最初のクライアントさんは
ドイツ人の前世での関わりのある人でした。
その彼女が教えてくれたのは
「もうあなたは許されていますよ」でした。
人生の奥深さ、魂の生まれ変わりの意味、宇宙の慈愛を知りました。
その後も、私がセラピストとして転機を迎えるとき
宇宙はいつも私を見守っていて、
いつもベストタイミングでとても不思議なメッセージや啓示をくれました。
・会社を辞めてヒプノセラピスト一本で仕事をすると決めた時に
3人のクライアントさんから「進みなさい」とメッセージが下りたり
・あるセッションでクライアントがチャネリング状態になり
パラレルな世界のこと、私の今の状況、今後を教えてくれたり・・。
ヒプノとは素晴らしい心理療法です。
催眠とは「自己催眠」であるとおり、
自分の中にある癒しのチカラによって自らを癒します。
そのチカラに触れたとき、人は
自分の中にある、無限の可能性に気付きます。
被害者や加害者の幻想を棄て、自分主体の人生を歩み始めます。
自分主体のもと「誰も悪くなかったのだ」と気づく時
長く抱えた苦しみから解放されます。
今を大切に、周りとの関わりを大切に、
本来の自分の人生を生きられるるようになります。
魂が輝く生き方です。
日々、クライアントさんの抱える深い哀しみに触れています。
様々な人生に、経験に、
どんな意味があり今世の経験しているのだろうと思いを馳せます。
しかし、全てを受けいれ歩む姿に、立ち上がる姿に
出会い人間の尊さに驚くばかりです。
ぜひあなたらしさを取り戻すために、
一度受けてみませんか?
追記です
● ドイツ人の所長の前世に関して
2014年の夏に出会ったリバーサイドメンタルクリニックの 精神科医 鈴木あいさんが
「罪悪感を手放すということー強制収容所の所長と収容されていたユダヤ人男性との世紀を越えた対話」
ブログにて、私との対話を10話に渡ってご紹介いただきました。
あいさんの医師としての考察も載せられていて
前世療法の効果を知るためにも充分に価値のある資料となっていますので
ぜひ一度読んでみてくださいね
シモン☆ヒプノセラピー 紫紋かつ恵
● 私のセッション体験談
その26 「愛情の扉を開く③女性割礼を受けたアフリカ人の前世 」
その25 「愛情の扉を開く②吉原遊郭の遊女と・一目ぼれした若旦那の前世 」
その24 「愛情の扉を開く①花屋の前世 」
その23 「心の穴」
その22 「リトアニアの湖」
その21 「愛情深くありなさい」
その20 「あがり症の克服③」
その19 「運命の車輪」
その18 「あがり症の理由(過去世)」
その17 「インナーチャイルドに会いに行く」
その16 「南北戦争時代の記憶」
その15 「受け取るという事」
その14 「夢が叶うことへの怖れ」
その13 「人前で話すことが苦手な理由」
その12 「とらわれない」
その11 「中学時代の私を癒す」
その10 「私の今世での役目」
その9 「ゆるすということ」
その8 「人生という石の設計士」
その7 「幸せな人生から得たもの」
その6 「初めてのハイヤーセルフ」
その5 「作家の時の過去世」
その4 「原発問題にざわざわする理由」
その3 「メッセージを伝える意味」
その2 「小学3年生の私を癒す」
その1 「罪悪感の原因」
● シモン☆ヒプノセラピー名前の由来
「シモン」とは
キリストが最後に処刑されるゴルゴタの丘まで
途中キリストに代わり十字架を担がされたという、
キレネ人「シモン」の名前からいただきました。
私の過去の苦難(からは程遠いけれど)から深く学び
それこそが、人生の本質に気づかせていただいたという経験に
キレネ人シモンの人生と合わせ
敬意を表し、いつまでも心に留め、忘れないよう、
名前をいただきました。
● ごあいさつ
私はヒプノが大好きな、自称ヒプノバカです。
ヒプノは様々な可能性を秘めた、癒し効果が高いセラピーです。
これからますます誤解が解け 素晴らしさが伝わって行き
身近なものとなっていくことでしょう。
そんな中、セラピストとして道を歩んでいることに
深い喜びを感じています。
あなたがこのページを見ているときがベストタイミングです。
ぜひ一度、前世と癒しの世界を感じてみませんか?